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しょうの自由帳

自由に生きる人のライフログにしようと試みるも書けないことが多すぎて企画倒れ

今も変わらない惚れる/惚れない基準

六本木で出会い、初ゲットとなったAと迎える朝。ぐだぐだ会話を楽しんだり、寝直したりしながら結局夕方16時頃まで一緒にいた。一緒にいればいるほど言葉で表せない不思議な感覚が育っていく。この人と一緒にいるとなんか幸せだ、落ち着くわけではなくって、むしろ気を使いっぱなしなのだけれど、幸せ。長い時間一緒にいたいわけではないけど、日常的に彼女が存在してくれればそれだけで心が満たされる、そんな感じ。見返りはいらないから、この人が嬉しがる姿を見たい。この人の幸せそうな姿、嬉しそうな姿が僕にとって一番の幸せだ、その結果嫌われてもそれが本望。こんな青春全開の青臭い感覚文字に起こすだけでもイタいですね。この「無償の奉仕」こそ「愛」、つまりAを愛してしまった。

 

こんなの間違いだ。一人目で運命の人に出会うわけがない。どうせ恋愛経験のない男がちょっと女性に優しくされただけでその人を好きになってしまうみたいな、それと似た現象だろう。次の人に出会ったらこんな感情きっぱり消え失せるに違いない、必ずもっといい人が見つかるはずだ。

 

そう考えて彼女と出会ってからの数ヶ月間も数多くの女性と出会い(番号交換数十人)、時に関係をもつことも何度かあった。しかし、彼女以上に魅力的で、愛おしいと思える人は未だに現れない。

※Aとも相変わらず頻繁に会っていたが、こうやって複数の人と関係をもつのは仕方のないプロセスだ。時間は有限だから、出来る限り沢山の人と出会いたい。そして出会いを経験すればするほど、最終的なパートナーへの愛が確信のある、深いものとなる。

 

だから今でも基準はA。少なくとも数年は東京に戻る予定はないし、まだ自分は若いのでもっと良い出会いも沢山あるはずなのだから、早く彼女を忘れないといけない。そのために今日も道行く気になる人に声をかける。

 

Too Much Love Will Kill You

しょう